10年・・・。

平仮名に変換してみると五文字、約一秒位で言ってしまえる時間。しかし、十年という時間は本当に長い時間だと思う。

10年前の今日、14時46分、福島県沖を震源にマグニチュード9.0の地震が発生した日・・・。未だかつて経験した事が無かった大きな地震と共に、見た事が無いほどの大きな津波が東北の太平洋側を襲った日・・・。

「あの日あの時何をしていた?」

そう思い返すと、俺はお客様の会社で仕事をしていて、携帯に立て続けにバイブレーションが入るも「メールだろう」と思い、その着信を見ずに作業を続けていた。するとそこの奥様から

「あなたのお母さん東北の方だったよね。大きな地震があって、大変な事になってるわよ」

といわれ、作業を終えてテレビを見てみると、目に飛び込んできたのはあの大津波の映像だった。その直後母親に電話して「何チャンネルでもいいから、今すぐテレビをつけろ!!」と叫んでテレビをつけさせた。すると「ぎゃ!!何これ!?」と母親の驚く声が聞こえて来た。その後すぐさま東北に住んでいる叔母家族の安否確認をさせた。

幸いにも叔母家族は無事だったが、従兄弟が仙台で仕事をしていた事が分かり、電球やカセットコンロ、乾電池や非常食といった支援物資を購入するため家電量販店やディスカウントストアを駆け回った。しかし、東北から離れた徳島にも関わらず、それらの物が立て続けに売り切れになっていた事に驚き、買い集められた分だけ送る事が出来た。しかし、運送屋のドライバーから

「今東北は地震の影響でかなり混乱しているので、荷物が何時着くかも、無事に届けられるかも分かりません」

と言われた。それでも、どうしても届けて欲しい思いがあったので、その荷物をドライバーに託しました。

その荷物は叔母の元に無事到着し、叔母達自身が仙台に住む従兄弟の元へ届けてくれたそうです。

そんな事もあったせいか、3.11は「忘れてはいけない日」だと考えています。

先日、報道番組内で東日本大震災の特集がされていたのだけど、10年経過して改めて津波の映像を見てみたら、津波の大きさやパワーに驚かされました。それと同時に恐怖も感じました。押し寄せてくる波は勿論怖いけれど、引き波の力もまた強く家や車は勿論、コンテナや様々な物、そして人・・・。「副産物」と例えて良いかわからないけれど、地震よりも津波の方が恐怖だと思いました。

震災数年後に産まれた子供達、アーサーやヒナにはこの震災の事がなかなか伝わり難いかもしれないけれど、この地震を目にした俺たちは、絶対に忘れてはいけない事だと考えています。

徳島をはじめ四国だっていつ大きな地震が来るか分からない状態なので、東日本大震災が他人事とは思えず、「もし大きな地震がきてしまったらどうするか?」を考えています。

避難場所は勿論だけど、避難用品の再確認をする日にかもしれませんね。

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